April fool

「ねぇクローカ。今日が何の日か知ってる?」

書類の山から顔を出し、ロイスはクローカに声を掛けた。

「エイプリルフールですよね。昨年は確か、デザイナーを辞めてモデルになると仰っていましたね」
「覚えてるんだ…」

せっかく嘘をつこうと思ったのに、と彼は項を垂れ、溜息をついた。
その様子を見て、彼女は肩をすくめていつものお説教を始る。

「嘘をつくのは構いませんが、御自身の立場もお考えください」

「クローカは真面目だね…」

書類に顔を戻したロイスが呟くと、苛立ちを覚えたクローカは彼の机に手を置いた。

「貴方が軽薄なだけです」

「そんな言い方しなくていいじゃないか!いいかい、君は僕専属の従者なんだ。お世話係じゃないんだからね」
「その従者に護衛以外の仕事も命じておられるロイス様に言われたくありません」

売り言葉に買い言葉。
睨み合う二人。

しばらくの沈黙ののち、クローカが口を開いた。

「そういえば今朝、人事通達が出ましたね」

国王と言えども、全ての人間の所属を把握しているわけではない。
何が言いたいのか、と言わんばかりにロイスは眉をひそめる。

「そのご様子では、ご存知ありませんか?私も本日付で異動します」

そう言って彼女は机から手を離し、深々とお辞儀をした。

「長い間お世話になりました。もう城から逃げられても探しません」

突然のことにただただ驚くばかりで、言葉を必死に紡ごうとするロイス。

その様子を見て、神妙な面持ちをしていたクローカはロイスに背を向ける。
よく見ると、僅かに肩を震わせている。

ロイスは慌てて席を立ち、クローカの肩に手をかけた。

「クローカ……あれ?」

自分との別れの惜しさに涙を流している。
そう思っていたが、違ったようだ。

むしろ、必死に笑いを噛み殺している。

「…も、申し訳ありません、ロイス様…」

彼女は嘘をついていた。

「こんなにあっさりと引っかかるとは。露ほども思いませんでした」

クローカが嘘をついたことへの驚きと、嘘であったことへの安堵感が入り混じり、ロイスは机に突っ伏してしまった。

「もう…心臓が止まるかと思ったよ」

「今年限りです、ご安心ください」

ふと、春の風が部屋に入り柔らかなレースのカーテンを揺らす。
陽の光が入り、ロイスの髪が太陽のように輝く。

その様子にクローカは表情を緩め、彼女の主人に告げた。

「でも、意外と楽しかったです」

残念なことに、書類に顔を埋めたロイスがその微笑みを見ることは無かった。