Coffee break

リリス王国、議会。

病に伏せる女王に代わり、首相であるニーズヘッグが政務を務めている。
王子であるロイスも参加することはあるが、デザインの勉強も兼ねて従者であるクローカと共に外交に飛び回ることが多い。

今日は珍しくロイスも同席している。もちろん、クローカも一緒だ。

「パテールでは今、リリス様式の衣装が流行しているんだ」
「雲上の要素を取り入れたドレスをリリスでも出そうと思うんだよね」

ファッションのコーディネートがすべての基準となるマーベル大陸の中でも、最も優秀なデザイナーの一人と称されるロイス。
議会はいつになく活気に溢れ、休憩時間を設けることとなった。

「たまにはこういう1日も悪くないね。ね、クローカ」

すぐそばに控えるクローカに声をかけた。
クローカは表情こそ変えなかったが、少し嬉しそうな語調で「そうですね」と返している。

「殿下。宜しければ、休憩時間を使ってお茶に致しませんか」

議員から質問攻めを受けた王子を気遣い、ニーズヘッグが声をかけた。
自身も喉が渇いたのだろう。秘書のジェーンに手配を指示した。

「ジェーン君。殿下とクローカ殿、私と君でお茶にしよう。給仕の者を呼んでくれ」
「は、はい。承知いたしました…」

しばらくして、給仕が珈琲と紅茶を持って来た。

「ありがとう。僕はアールグレイがいいな。ニーズヘッグ、君は?」
「私は珈琲を。今日の豆は?」
「はい、ブルーマウンテンとモカをご用意いたしました」
「そうか、ではブルーマウンテンを頼む。砂糖もミルクも不要だ。ジェーン、君はどうする」

ちらりとニーズヘッグから視線を向けられ、少し顔を赤くしながらジェーンも給仕へ頼んだ。

「あの…甘いミルクティーをお願いしたいのですが…」
「かしこまりました。ディンブラをご用意しておりますので、本日はディンブラでお作りいたします」
「ありがとうございます…!クローカさんはいかがなさいますか?」

ジェーンがクローカを見ると、いつになく険しそうな顔をしている。
どちらも嫌いなのだろうか。

「では…モカを。シナモンスティックはありますか?」
「ご用意ございます。それではお淹れいたしますので、少々お待ち頂けますでしょうか」

4人はしばらく、それぞれが頼んだ飲み物の話となった。

「皆、予想通りの飲み物だね。さすがに少し驚いたよ」

ふふ、と顔を綻ばせながらロイスが話し始めた。

「ニースヘッグの秘書さんも、カフェオレかミルクティーのどちらかかなと思ったよ」
「さすが殿下。私の秘書にも目をかけて頂けて光栄です」

会話の内容こそ微笑ましいが、この二人はなんとなく威嚇しあっているように見える。
特に、首相は目が全く笑っていない。

「あ、あの…首相…?」

おずおずとジェーンが声をかけるが、ニーズヘッグの耳には届いていないようだ。
しょんぼりとした顔で、ジェーンは俯いてしまった。

「ジェーンさんは、甘い飲み物がお好きなんですね」

慰めるように声をかけたのは、クローカだった。

「あ、はい…珈琲も紅茶も、なんだか苦くて…」
「そうですね、私も以前は苦手でしたよ」

いつもの淡々とした口調ではあるが、どことなく優しさを感じる。

「クローカはいつも珈琲だよね」
「そうですね、紅茶が苦手というわけではありませんが」

「首相もいつもコーヒーをお飲みですよね」
「そうだな、君はだいたいカフェモカだが珈琲は苦手か?」
「はい、チョコレートも入っているので苦くないんです」
「いつか君も分かるさ、珈琲の良さが」
「首相、また私を少女扱いですか…」

がっくりとジェーンが肩を落とした。

「…首相も、よく珈琲を飲まれるのですね」

クローカがニーズヘッグに声をかけた。

「ええ、自分の好みや気分でブレンドすることもあります。最近は忙しくて、バリスタに任せてしまいますがね」
「趣味の時間はなかなか持てないものですね。飲み方はやはりドリップですか?」
「朝はエスプレッソを飲むこともありますね」
「なるほど、目覚ましには丁度良いですね」

どうやら意気投合したようだ。
ニーズヘッグとクローカは、珈琲話に花を咲かせている。

「実はフレーバーコーヒーも最近好きなんです」
「あぁ、あのノーザンで好まれる珈琲ですね」

あんなに楽しそうに話すなんて…と、複雑な表情を浮かべるジェーン。

じっとニーズヘッグとクローカを見ているとロイスが声をかけた。

「秘書ちゃんはてっきり、ニーズヘッグに合わせて珈琲にすると思ったよ」

「普段はそうですが…今日は紅茶にしてみました」
「僕としては、一人だけ紅茶は寂しかったから嬉しいよ」
「ロイス様はいつも紅茶をお飲みになるのですか?」
「そうだよ。クローカはいつも珈琲だから、寂しいんだ」

ロイスが肩を落とした。

「殿下はクローカさんと一緒に、同じものをお飲みになりたいのですね」
「そうなんだよ。僕は珈琲が苦手って知っているのにいつもクローカは珈琲なんだ。ひどいと思わないかい?」

ジェーンは肯定も否定もせず、くすくすと笑い声をあげた。

「ふふ、やっと笑ってくれた」
「緊張していたので…」
「本当に緊張かな?鷹に睨まれた兎のような顔だったよ」
「えぇっ、怯えているってことですか?」
「あはは、冗談さ」

それよりも…とロイスはそっとジェーンに近づいて、耳打ちをした。

「ずっとニーズヘッグを見ていたよ。君は彼の秘書だし、僕やクローカは気にしないけど…大臣たちの目に留まらないようにね」

「あ…あの、はい…気をつけます…」

顔を耳まで赤くしていたが、真剣な表情でジェーンは頷いた。

その様子を丁度ニーズヘッグが一瞥したところで給仕がカップを持って来た。

「大変お待たせ致しました」

「あぁ、ありがとう。それじゃ、頂こう」
それぞれのカップを手に取り、四人は一息ついた。

「クローカ殿、是非また珈琲の話でもしましょう。今度はブレンドした豆をお持ちしますよ」
「それは名案ですね。ではジェーンさんもご一緒に」
「もちろん!えっと…甘いお菓子もご用意いたします」
「楽しみにしています」

紅茶派のロイスをさし置いて、三人は次のお茶会…もとい珈琲会の予定を決めていた。

心なしか、ロイスが少し拗ねたような顔をしていた。