白花の木に、甘い香りを添えて
・ニーズヘッグとジェーンがアイスを食べている
・ジェーンの口元にクリームがついているのに気づいたニーズヘッグ
・何らかの方法で口元のクリームを拭ってあげるニーズヘッグ
・ニーズヘッグの思わぬ行動に照れるジェーン
queさんからのお題です。登場人物に指定はなかったのですが、ニージェクラスタのために書く小説なのでニージェにしてみました。
春というには少し汗ばむ陽気の中、ニーズヘッグとジェーンはリリス王国の特産品となる、花を使ったデザートを作るカフェを視察していた。
カフェの敷地内には少し広い庭園がある。そこは見学ができるだけでなく、ローズマリーやエルダーの爽やかな香りが漂うハーブ畑も兼ね備えている。
「この庭園で採れるハーブを、ハーブティーや料理に使うことはあったのです」
カフェの店主はエルダーの花にそっと触れる。
「何か新しいものを…と思っていたところに、ロイス国王が花を使ったお菓子を考えられていたとお伺いいたしました」
花をいくつか摘み取った店主は、傍に抱えていた籠に入れ、ニーズヘッグとジェーンの目の前に差し出した。
「この花を使ったデザートを考案いたしました。ぜひリリスの名産になればと存じます」
差し出された花は甘く香り、つられてジェーンの表情も一層柔らかくなった。
「とっても素敵ですね。国王もきっとお喜びになると思います。ね、首相」
「ああ。歴史や古い習慣を重視するカルファや雲上の者にも好まれるだろう」
ひとしきり香りを楽しんだ後は、カフェの店内でデザートの試食会だ。
店主に連れられて入った店内は、リリスらしいかわいらしい装飾が施されつつも、シンプルな印象のある落ち着いた空間だった。
漆喰が塗られた壁に、濃いブラウンの柱。
風に踊るレースのカーテン。
出窓には白とピンクを基調とした花が活けられていた。
「リリス王国らしさを保ちつつ、落ち着きのある内装だ。他国からの観光客には、少々甘すぎる街並みに比べると…このカフェの方が親しみやすいかもしれないな」
部屋を見渡したニーズヘッグは店主へ告げる。
「ありがとうございます…!首相にそう仰っていただけて光栄です」
とても嬉しそうだが、少し照れた表情で店主は礼を述べ、キッチンへ入った。
デザートはもう用意してあるようで、ほどなくして彼女はニーズヘッグとジェーンの席に2つの皿を差し出した。
一つは雪のように白いソルベ。
上にはミントの葉が乗っており、爽やかな香りがかすかに漂う。
もう一つはバニラアイスに薔薇のコンフィチュールをかけたもの。
とろりと輝くコンフィチュールが、陽の光を受けてキラキラと輝いている。
「白いのは…何かのソルベか。シンプルで爽やかだ」
「これは薔薇ですね。リリスといえば白やピンクの薔薇が特に有名なので、この国を代表するスイーツになるかもしれませんね」
それぞれが差し出されたデザートの感想を述べると、店主は一層照れたような表情でジェーンに笑いかけた。
「…秘書さん、流石に言い過ぎだよ」
「あっ、ごめんなさい!私ったらつい…あの、いただいてもいいでしょうか」
「ええ、融けないうちに召し上がってください」
いただきます、と声をかけて二人は試食に取り掛かった。
先に口を開いたのは、ニーズヘッグだ。
「白葡萄のような香りが…確か、先ほどのエルダーか?」
「首相の仰る通りです。味もよく、呼吸器系にもいい効果があるのでこの花を使ったシロップや飴を作っています」
「なるほど…花と侮っていたが、きちんとした効果が認められれば、国の第一次産業の一翼を担うだろう。国で検討させてもらう」
エルダーの仕入先や効果について一通りの情報をまとめ、書き記した羊皮紙をくるくるとまとめている頃。
今度はジェーンが薔薇のアイスの感想をカフェの店主と話していた。
「薔薇の甘い香りが素敵ですね。バニラの香りととてもよく合っています」
「良いでしょう。このコンフィチュール、紅茶や炭酸水に入れても美味しいんですよ」
「わぁ、色々使えるんですね!お城にも薔薇園があるから、ロイス様に聞いてみようかな」
にこにことアイスを頬張るジェーンの口元に、先に気がついたのは店主だった。
「あの…首相」
「何だ」
「秘書さんが…その…」
ニーズヘッグがちらりとジェーンに目をやると、口元にアイスがついている。
本人に直接言えばいいのに…とでも言いたげに、ニーズヘッグは溜息をついた。
「ジェーン、こちらを見なさい」
紙ナプキンを手にし、彼はジェーンに声をかける。
「あ、はい……わわっ!」
口元をナプキンで拭い、額を指で弾く。
「全く…君はこの私の秘書を務めているんだ。こんな間抜けな顔を国民に晒すな」
「あぅ…申し訳、ありません…痛いです」
「気をつけていればいいだけの話だ。次はない」
ガタンと音を立て、ニーズヘッグは再び腰掛けた。
「この薔薇も、そこの庭園のものを使っているのか?」
おもむろにニーズヘッグは店主に声をかけた。
「あ、いえ、この庭園には薔薇は植えていません。ある薔薇園から特別に譲っていただいている薔薇を加工しています」
「ほう…ある薔薇園、か。私にその出処をいうことは出来ないのか?」
挑戦的なニーズヘッグの一言に慌てた店主は、冷や汗をかきながら答える。
「いえいえそんな!普通は誰にも言えないのですが…今日の首相の視察では言っても良いとご許可を頂いています。ロイス国王が私的にお持ちの薔薇園です」
「なるほど、それは確かに大きな声で言うことは出来ないな…」
そんな会話の傍ら、ジェーンは相変わらずアイスに夢中だった。
溶ける前に食べてしまわないと、と熱心にアイスを口に運んでいる。
そしてそのたびにうっとりとした表情を浮かべ、何とも幸せそうだ。
ニーズヘッグがソルベを食べ終わる頃、ちょうどジェーンも食べ終わったようだ。
満足げに、けれどもどこか寂しげにからの器を眺めている。
「とても美味しかったです。ぜひリリス王国の主要なデザートになりますように。家族にも食べて欲しいので、オススメしておきますね!」
ジェーンの一言を残し、ニーズヘッグとジェーンは店を出た。
「もう一度、よければ庭園を見て行ってください」
店主は二人を見送りながら、その背中に声をかける。
するとニーズヘッグが小さく手を挙げ、二人は庭園へと消えて行った。
「薔薇のコンフィチュール、とっても美味しかったです!首相のエルダーフラワーのソルベはいかがでしたか?」
「なかなか良かった。ただ…私はもう少し甘くないほうが好みだったな」
その一言に、ニーズヘッグが甘いものを好まないと思い出したジェーンは何だか申し訳ない気持ちになった。
「そうでした…私がこのお話をお受けしてしまったばかりに…」
しゅんと俯くジェーン。その唇には、薔薇のコンフィチュールが残っている。
きっとリップグロスと勘違いしたのだろう。店主は気づいていなかったようだ。
「君が気にやむことではない。それに…」
ニーズヘッグはエルダーの陰でジェーンを抱き寄せ、小さな唇に自分の唇を重ね合わせた。
「全く食べられないわけではない。…この薔薇のコンフィチュールは、少々甘すぎるかもしれないが」
リリスの薔薇よりも真っ赤な顔をしたジェーンは、その顔を隠したいのか、自らの顔をエルダーの花で包み込んだ。
二人の周りは、優しい花の香りで満たされていた。