On the runway

リリス王国の数あるデザイン学校の中でも、特に威厳の高いといわれるリリス王国デザイン学院。
リリス国民はもちろん、パテールやカルファからも多数の若者が集まっている。

学院ではリリスファッションを中心にデザインを学んでいるが、ここ数年はリリス王国のロイス王子からの提案を受け、他国特有のデザインも積極的に取り入れている。学院内では頻繁にコーデバトルならぬデザインバトルが行われており、学生たちは四六時中デザインに明け暮れた生活を送っている。

学院では多数の学校行事も行われており、特に文化祭では様々なコンテストが開かれている。定番のミスターコンテスト、ミスコンテスト、カップルコンテストも行われているがそれ以上に力を入れているのはファッションショーだ。

トランプの絵柄になぞらえて、
「スペード・騎士」
「ハート・ウエディングドレス」
「ダイヤ・スーツ」
「クラブ・制服」
の四部門でのデザインコンペ、もといファッションショーを行う伝統がある。

各国のデザインを学ぶようになってからは、マーベル大陸の七つの国家であるリリス王国、パテール連邦、雲上帝国、カルファ王国、ウェイストランド共和国、ノーザン王国、ルインアイランドのファッションをテーマにして一週間かけてファッションショーが行われる。

「ねえクローカ。今年も学院のファッションショーに招待されたんだけど、君も行くよね?」

リリス王国デザイン学院は、厳密には国立の学校ではなく王族が創立した学校である。理事長を務めるナナリー女王は療養中の身でもあるので、ここ数年は王子であるロイスが招待を受けている。

しかしながら、コーデグランプリの準備や各国の視察で調整ができず出席できていなかった。今年は調整できそうなので、ロイスは出席を希望しているようだ。

「そうですね。ロイス様が考案されたファッションバトル、私は一度も見ていませんし…。今年は出席しましょう」
「オッケー。早速学院長に伝えるよ」

ロイスが学院長に出席の旨を伝えたのは、確か春頃だった。

それからしばらくロイスは「大きなデザインの仕事が個人的に入った」とだけクローカに告げ、彼の書斎に籠るようになってしまった。
クローカとしては大変喜ばしいことではあるが、あまりの熱の入りように少しだけ違和感を覚えていた。

「ロイス様が熱心にデザインに打ち込んで出来上がった作品は…」

ロイスは時折部屋にこもっては数々の衣装をデザインし、自らの手で仕立てることがある。

そしてその衣装は…

「大抵私がモデルになっていたような」

思わず口に出てしまった言葉を振り払うようにふるふると首を横に振った。

自分の思い過ごしであることを願い、クローカはいつも以上にロイスのサポートに徹した。
ロイス自身もクローカの変化に気づいていたが、まさか自分が仕事に打ち込んでいることに対して違和感を持たれているなんて気付きもしないだろう。

そうして夏が過ぎ、コスモスの花がちらほら咲くようになった頃。2着の服を持ったロイスが、クローカの部屋をノックした。

「クローカ、出来たよ。これを学院のファッションショーで発表する」

手にしているのは、男女ペアになった二着の制服。
どことなく軍服を思わせるデザインで、男性は黒と臙脂色をベースとした外套を中心に、重厚な雰囲気を漂わせている。一方女性は白とブルーをベースに、随所にファーをあしらった温かみのあるデザイン。
色こそ異なるが、デザインは共通しており同じ学校の制服であることは一眼でわかるようになっている。

そして何より、クローカはほんの少しだけロイスのデザインであることを疑った。

それほど、今までの彼の手がけた衣装の数々とは異なる雰囲気をまとっていた。

まるでニーズヘッグがデザインした服のような強靭さを持つが、ふと思い出したかのようにロイスが持つしなやかさや柔らかさが時折顔を出す。

「素晴らしいです。きっとファッションショーの目玉になるでしょうね」

「でしょ。ノーザンの制服…をイメージしたんだけど、どうしてもノーザンってなるとニーズヘッグの顔が浮かんじゃって」

やれやれ、と溜息をつきながらロイスは続ける。

「僕のデザインだってわかる人はそんなにいないと思うから、シークレットゲストとしてはこれ以上ないデザインかな」

二人でロイスの手がけた制服を賞賛し、翌日のリリス王国デザイン学院 文化祭へと臨んだ。

例年通り、ファッションショーは特に盛況で多数のリリス王国の官僚もお忍びで訪れている。
変装したロイスとクローカが少し見回しただけでも若手議員から各省の長官まで、よく知る顔をいくつも見かけた。

「本当にいろんな人が来るんだね。一応招待客だから顔を隠す必要はないと思うんだけど…」
「混乱しますから、今はまだこのままでお願いします」
「クローカのお願いなら断れないな…」
「馬鹿なことを仰るようでしたら来賓席に連れて行きますからね」

そうして学院内を見て回るうちに、クラブのデザインコンペの開始時間が近づいた。

「あ、そろそろ準備しなきゃ。クローカ、こっちだよ」

ロイスがクローカを連れて向かった先は、ファッションショーの楽屋だった。

どうやらクローカの違和感は的中したようで、どこからともなくロイスの着替えを担当しているメイドが現れた。

「ロイス様、クローカ殿。お待ちしておりました」
「うん、今日はよろしくね」

ロイスはやはり前々から準備を進めていたのだ。クローカは思わず楽屋から逃げ出そうとしたが内側から鍵がかけられていた。

「…開かない」

「クローカも早く着替えて。これは命令だよ、制服を着て僕とショーに出るんだ」

命令と言われるとクローカも折れるしかなく、とても嫌そうな表情のまま制服を手に取った。

「なぜもっと早く仰っていただけなかったのですか?」
「あはは、ごめんごめん。びっくりさせたかったし、断られると思ってね」

「ロイス様はいつもそうです…」

ロイスを非難しつつもクローカが着替えていると、弱々しいノックの音が響いてきた。

それから程なくして楽屋の扉が開いた。

「あ、あの…し、失礼します…」

入って来たのは、セーラー服を手にした首相秘書のジェーン。確かに制服が似合いそうな容姿をしており、セーラー服もきっと違和感なく着こなせるだろう。

「あ、あの…首相から、私もこちらの楽屋を使うように言われていて…」

一般の出演者は、十人程度が同じ楽屋に入れられるため狭い中着替えなければならない。

ロイスがショーに出演することを知っていたニーズヘッグは、クローカも参加させるつもりであることをロイス王子から聞いていた。
ジェーンにも同じ楽屋を使わせてやれないか、とニーズヘッグが珍しく頼んで来たので思わず快諾していたのだった。

「そうそう、僕も着替えてくるから」

ロイスはそう言い残し、楽屋の中に設けられたウォークインクローゼットに消えて行った。

二人が着替え終わる頃、観客のテンションは順調にピークに近づいており、楽屋にまで歓声が聞こえてくるほどだった。
その声に楽しげな表情をするロイスとは裏腹に、不安そうな表情のクローカとジェーン。

彼女たちは時折リリス広報誌に載っているのだが、広報誌の写真撮影と異なり多くの観客から一心に注目を集めることになる。
もちろん二人はそんなことに慣れておらず、特にジェーンは非難の声を浴びせられないかと怯えた表情をしていた。

「私たち、こんなショーに出ていいんでしょうか…。いくら首相からのご指示でも、怖いです」
「出ていいのかどうかは分かりませんが、ロイス様のご命令ですので背くことはできません」

ひそひそとジェーンとクローカが話していると、聞こえていたのかそうでないのか、ロイスが声をかけてきた。

「クローカ、ジェーン。もう着替え終わった?」

「あ、いけない。殿下をお待たせするわけにはいきません」
「まだロイス様も着替え終わっていないと思うので大丈夫ですよ。気にしないでください」

そんなやり取りを続けていると、先にジェーンの出番がきた。

「ジェーンさん、舞台へ来てください。首相もお待ちですよ」

スタッフである学生が彼女に声をかけると、裏返った声で「ひゃいっ!」と不思議な返答をして舞台袖に消えて行った。
舞台袖へ向かうジェーンの様子は他の学院のスタッフで「本物の高校生が自分の制服を着ている」と噂になっているようだ。

それを聞いた、デザインした当人であるニーズヘッグはなんとも言えない表情をしていた。

ジェーンが舞台へ向かってすぐ、ロイスとクローカも呼ばれた。

「えっと…謎のプリンス様と姫騎士様…?えっと、とりあえず出番です」

「いかにも怪しい名前ですが…もしかして」
「え、怪しいかな…かっこいいと思うんだけど」

いつもはここで押し問答が始まるが、今回はそんな時間はない。

着替えた制服と、ロイスが取り出した怪しげな仮面を身につけクローカは舞台へ向かった。

舞台袖に着くと、立ちすくむジェーンが居た。その目は不安で潤んでおり、クローカの姿を見るなり駆け寄ってきた。

「く、クローカさん…!あの、私、舞台に出るのが怖くて…」

クローカは今にも泣きそうなジェーンの頭を撫で、ジェーンの手を取った。

「大丈夫ですよ。私も緊張しているから、よければ一緒に行きませんか?Lilith Styleでも一緒に写真に写っているジェーンさんと歩く方が安心できます」
「いいんですか…?私なんかと一緒で…」
「もちろんです。きっとニーズヘッグ首相もこのことを見越して、私と同じ楽屋を指定したのでしょうね」

ニーズヘッグの名前を聞いて、ジェーンは少し落ち着いたような表情になった。

「ありがとうございます」
「もう大丈夫みたいですね。それでは私たちも行きましょうか」

二人は意を決して舞台への階段を昇った。

その瞬間、今まで以上の歓声が沸き起こった。

「あの人たち、リリスタに出てる…!」
「そうよね、セーラーの子って確かニーズヘッグ首相さまの秘書でしょ?」
「仮面してるのは…誰だろう、でもすっごく美人だよね」

自分たちの想像と異なり、歓迎する声が多いことに気づいた二人は緊張の面持ちから一転安堵の表情へと変わった。二人の顔が見えていた観客は、笑顔になった二人を見て一掃の歓声をあげた。
ジェーンとクローカがにこやかに手を振りながら歩いていると、俄かにどよめきが起こった。

「だ、誰だあれ…」
「顔はわかんないけど、多分すっごくイケメンよね…」
「立ち居振る舞いも上流階級と同じよ!」

ジェーンとクローカがちょうどターンを終え、ステージの方を見ると、彼女達が見慣れた男性が二人背中合わせに立っていた。

一人はロイス。

怪盗サファイアの仮面をつけ、正体を隠してこそいるが、周囲に気付かれるのは時間の問題のようだった。目元こそ見えていないが、ロイスはにこにこと片手で手を振りながらランウェイを歩き始めた。
ジェーンとクローカも、驚きは隠せていないが何とか笑顔でステージへと戻っていった。そしてジェーンが舞台袖に戻り、クローカがそれに続こうとした瞬間。

手をぐっとロイスに引っ張られるのを感じた。

「え、あれ…?ロイス様?」

よろめいたクローカの身体を抱き寄せると、ロイスはクローカの仮面を外した。観客がクローカの顔を認識した途端、やはり歓声があがった。

「やっぱり月夜の君!」
「写真で見るより美人だなあ」
「月夜の君がいるってことは、やっぱりあの仮面の人は…」

観客の誰もが「謎のプリンス」の正体に気付いた頃、ロイスも自身につけた仮面を外した。すると、先ほどまでとは比べ物にならないほどの歓声が湧き上がった。

「ロイス様!」
「ロイス王子じゃないか!学院のショーに出るなんて聞いてないぞ!」
「え、どうして?そっくりな人なの?」
「いや、あれは本物でしょ」

ロイスはクローカの手を取ってキャットウォークを歩き始めた。
今まで以上の満面の笑みを湛えて周りに手を振るロイス。
それを横目で見て、複雑そうな顔をするクローカ。
ロイスの身に纏う外套と、クローカが羽織っているコートの色のように対照的な様子だった。

二人はランウェイを一周だけし、早々と舞台袖に戻っていった。

「姫騎士が月夜の君で、ロイス王子が来たってことは…」
「あの黒髪の人ってやっぱり…」

ジェーンがまっすぐニーズヘッグを見つめ続けていると、観衆のどよめきが大きくなっていった。
その期待が確信に変わる頃、背を向けていた男性が外套を翻しながら振り向く。

学院の生徒の歓声がより大きくなった。

普段身に纏う外套に似てはいるが、その縁取りや釦といった細かい部分に見られる細工はまさしく雲上帝国の軍服だった。

「やっぱりニーズヘッグ首相だ!」
「あの衣装は何だ!?雲上の軍服か?」
「首相さま、何を着ても素敵…」

カツン、カツンと靴音を響かせてジェーンの元へ歩み寄る。
ちょうどジェーンの前に着いたところでニーズヘッグは拡声器を手にした。

「呑気なものだな、学院生徒諸君。自らの研鑽を怠るな」

そう言い放つと、不思議なことに主に男子生徒の悲鳴にも似た歓声が湧いた。

「やば、超かっこいい」
「男でも惚れる…」

一通り自分への賛辞を聞いたところで片方の口角を上げて踵を返し、ジェーンへ向き合った。

「来い」

彼は声こそ出さなかったが、その唇の動きで自分が呼ばれていることに気付いたジェーン。喜びや安堵が入り混ざったような涙を目に浮かべていた。
普段であればぱたぱたと駆け寄り、ニーズヘッグに助けを求めていたが、ここはランウェイの上。

「…こんなところで泣いちゃダメ。首相を困らせてしまうわ」

誰にも聞こえないよう、小さく、小さく呟いた。
そしてぱちぱちとまつ毛から涙を落とし、精一杯の笑顔をニーズヘッグへ向けた。

「はい!今参ります!」

できるだけ早く、でも走らないように。転ばぬよう注意を払いながらまっすぐにニーズヘッグへ向かっていった。

二人きりの時は温かく抱きしめられることもあったが、公衆の面前ということもありニーズヘッグはジェーンの右手を取って跪き、その甲にキスをした。

学院の女子学生や来賓の官僚は悲鳴を上げるが、彼は意に介さず片方の口角を上げた。

常に彼の側に控えるジェーンには彼の笑みの意図が伝わったのか、それともただ単に自分の上司の行動に驚いたのか、今度はひどく驚いた顔で目を瞬かせた。

「あの…しゅ、首相…?」
「話は後だ。ロイス殿下…こんな企みをしていたとは。今頃クローカ殿に手酷く叱られていることだろうな」

ニーズヘッグは小さく溜息をつき、ジェーンの手を自分へ引き寄せた。バランスを崩したジェーンはニーズヘッグへ引き寄せられ、そのまま抱きかかえられてしまった。

「え、あの、しゅ、首相…!?」
「先程から私を呼んでばかりだな。他に何かないのか」
「えっと…皆さんが見ています…」

ほら、とジェーンは振り返る。

「いいぞー秘書さーん!!」
「秘書さんがんばってー!!

ジェーンに肯定的な声援が聞こえる。その声に励まされたのか、彼女は少しだけ強気だ。

「私、もう一人で歩けます。ありがとうございます」

彼女にしては珍しく、自信に満ちた口調でニーズヘッグへそう告げた。

「首相のおかげです」

ジェーンはするりとニーズヘッグの腕から抜け、カツンと音を立ててランウェイに降り立った。
カツカツと音を鳴らしながら前を向いて歩くその姿を、ニーズヘッグは心配そうな面持ちで見守っている。

ランウェイを半分ほど歩いた頃、ニーズヘッグが自分と一緒に歩いていないことに気付いた。
くるりとスカートを翻してターンすると、小走りで彼に駆け寄った。

「首相、その…私、今日は首相の隣を歩きたいんです。いつも後ろを付いて回っていましたが、これからはもっと首相のお役に立てるようになりたいのです」

今まで群衆に怯えていたのに。この短時間で、彼女に一体何が起こったんだ?
確かクローカに連れられるまでは目に涙を浮かべていたはず。

「ジェーン。君らしくない。何かあったのか?」

眉をひそめて尋ねるニーズヘッグ。
それに対してジェーンは照れたような顔をしている。

「決め手は特にないんですが…クローカさんや首相が、私のことを見てくださっているんだと思うと安心しまして…。それに、学院の生徒さんからも声を……しゅ、首相?」

つかつかとジェーンの前に立つニーズヘッグ。

「あ、あの…首相、どうかされました……きゃっ」

「…何もできない子兎と思っていたが、成長したな」

彼はそっとジェーンの頭を軽く撫でた。

「ただ…続きは、ランウェイを歩き切ってからだ。人に見られていることをもう少し意識したまえ」

今度は二人並んでランウェイを歩き、舞台袖へと戻っていった。