万華鏡のきらめき

街が色とりどりの光で着飾り、人々が浮き足立つ頃。
リリス王国 王都は他の街と違う、独特な雰囲気を纏っている。

街中がクリスマスを心待ちにしているが、それ以上に市民が大切にしているのが今日だ。

12月18日。

カラフルな光は、この日だけ青と金の2色に彩られる。
彼の髪のような、柔らかな太陽の光に似た色。
優しく、涼やかで朝露のような光を帯びた瞳。

ロイス王子の誕生日だ。

きっと次の日から、クリスマスの装いにより華やかな光が木々を囲い、店先を飾り、甘い夢がそこかしこに散らばるのだろう。

静寂な華やかさとも言われる王都の雰囲気は、城にも届いている。
バースデーパーティーを開くような年齢ではないため、城では王子の希望でちょっとした夜会が開かれるようになっている。

身に纏う服の種類は問わない。
ただし、紺や藍といった深い青色は禁ずる。
それが夜会のドレスコードだ。

淡いピンクや水色、薄い紫のようなユニコーンカラー。
目の覚めるようなオレンジ、ライムグリーン。
樅の木のような深い緑に、ワインレッド。

昨日の街を彩った光が人々の服に舞い降りたかのように、たくさんの輝きが城への道を進んでいる。

「ロイス殿下、今年の夜会も多くの市民が集まっています」
「お料理足りるかしら…。けど、お祝いですものね」
「私たち使用人までこんな素敵な衣装を…」

どこか浮き足立つ城の職員。
それにつられて、ロイスもどこかそわそわしている。

「あぁ、分かったよ。料理は君に任せる」
「王都の市民なら招待状を持っているだろう?招待状がなかったら入れてはいけないよ。安全のためにね」

指示を出すべく、廊下をくるくると回りながら少しずつ自室に向かっていくロイス。

「もう…僕は主賓なんだけど…」

苛立ったような、けれども少し嬉しそうな声で不満を漏らしているようだ。

自室に着き、クローゼットに手をかける。

「やっと着替えられる」

すぅ、と小さく深呼吸してクローゼットの扉に手をかける。
カチリ、と小さな音を立ててクローゼットの中の空気が外へ漏れる。

蝶番は軋むことなく、扉はゆっくりと開かれた。

掛けられているのは、一揃いのタキシードとドレス。
どちらも深い青色に包まれており、十二月劇団が有するドレス「星の海」に勝るとも劣らない輝きを放っている。

ふふ、と思わず笑みを漏らしたその時、彼の部屋のドアを小さく叩く音がした。

「ロイス様。クローカです」

扉の向こうに控える彼の護衛を務める少女。
これから彼女が身に纏うドレスに視線を移し、彼は嬉しそうに微笑む。

「いるよ、鍵を開けて入ってきてくれ」

鍵が開く音。
ドアの軋み。

それらの音が聞こえてくるまで、どれくらいの時間が経っただろう。

ほんの一瞬であることはわかっている。
けれど、ロイスにとっては数時間にも思えるほど長く感じた。

「…いかがなさいました?そんなに嬉しそうな顔をして」

何か話を聞いて欲しいのだろう、クローカはそう予測していた。
その予測は的中し、満開のバラのような顔をしてクローカに近づいた。

「よく聞いてくれたね、クローカ。今日君と僕が着る衣装ができたんだ」

何やら城に籠もり、ドレスを作っていることは把握していた。
城の職員の「高額な請求書が届いている」という愚痴を耳にしたこともあった。

「全てはこの日のためだったのですね…」

やれやれ、とため息をついたところでクローカはふと気がついた。

「君と僕…ですか?」

彼は悪びれる様子もなく、クローゼットの扉を開け放った。

「そうだよ、クローカと僕。ほら、夜空のようで綺麗でしょ?」
「えぇ、星の海…もしくはそれ以上の輝きを放っていて、とても美しいです」

クローカが偽りのない感想を述べると、ドレスを取り出しクローカに差し出す。

「君に着て欲しいんだ」

それまでの満面の笑みとは異なる、穏やかで柔らかい微笑み。
クローカはその願いを断ることはできなかった。

「…今日は殿下のお誕生日ですからね」
「うん。クローカが僕の作った服を着てくれることが、僕への誕生日プレゼントだよ」
「では着替えて参ります」

そっとドレスを受け取ったクローカは、ロイスの部屋に設けられた更衣室へ向かった。
そこには侍女が控えており、彼女の着替えを手伝ってくれる。

腕を通すと、ドレスは様々な色の糸を組み合わせた布地で作られていることに気がついた。
とても細い金糸や銀糸、オパールのような輝きを放つ糸も見える。

まるで冬の星空のように、様々な輝きが散りばめられた布地。
リリス特有のレースは深い藍色に染められ、その甘さはじっと見つめない限り気づけない。

贅沢にあしらわれたフリルはとても細かく、随所で様々な宝石が輝きを放つ。
その光がドレスに影を落とし、さながら万華鏡のようだ。

「とても素敵なドレスですね。クローカさんによくお似合いです」
「月光を浴びたベルベットのような髪に、晴れた空のような瞳がこのドレスによくお似合いです」

あまりの絶賛に気恥ずかしい思いを抱きながらも、クローカはなんとかドレスへと着替えた。
更衣室を出ると、いつの間にかロイスもタキシードに身を包んでいる。

それも、クローカのドレスと同じ布を使ったタキシード。

何故誰も反対しないのだろう。
通常なら自分の妻に送るようなドレスを、何の躊躇いもなく彼はクローカに着せている。
彼はまだ独身だから何も言われないのだろうか。

疑問に満ちた表情をクローカが浮かべていると、ロイスは少しずつ語り始めた。

「…最初は姉上に贈ろうかと思ったんだ」

寂しそうな表情で、初めに告げる。

「でも、姉上は病に臥せっているし…こんなに綺麗にできたから…」

「あぁ、ロイス殿下…おかわいそうに…」
侍女がハンカチで目頭を押さえる。

「本当は自分が着たいくらいの出来だけれど、姉上が本当に倒れてしまうからね」
「姉上と僕、二人が信用するクローカに着てもらおうって思ったんだ」

「ロイス殿下。前言撤回しますわ」
侍女がぴしゃりと言い放つと、ロイスは思わず笑い声を漏らした。

「あはは、二人に手伝ってもらってよかったよ。緊張が解けた」

ロイスがひとしきり笑いきると、クローカの手を取る。

「さあ、行こうか」

夜はまだ、始まったばかり。