笹の葉さらさら

ある夏の日。ニキとリンレイが、笹を囲んでいる。

「ニキ、リンレイ。そこで何を?」

彼女たちは驚いたような、楽しそうな顔をしている。
一体何をするつもりだろう。

「そっか、リリスには七夕はないんだね。」
「タナバタ…?」

耳慣れない響きだ。
ロイス殿下と各国を旅する時ために、人々の生活や風習は叩き込んだはず。
思い出そうと俯いていると、軽やかで耳心地の良い声が降ってきた。

「ひどいなクローカ。雲上に来る前に教えたじゃないか。」

見上げると、彼のサラサラした金髪が頬に触れた。
思い出せなかった悔しさと、髪が触れるほど近くに彼がいることへの驚きで顔が熱くなるのを感じた。

「ロイス様はご存知だったのですね。」
「あぁ、もちろん。タナバタはね………ニキ?」

ちらりとニキを見て、ロイス様は続きを促した。
やはり覚えておられないようだ。
ニキとリンレイが顔を見合わせ、くすくすと笑っている。

「七夕はね、彦星様と織姫様が年に一度会える日なの。
私たちは笹の葉に飾りや願い事を書いた短冊を吊るして、願いが叶うようお祈りしたりするんだよ。」
「宜しければ、お二人も短冊に願いを書かれませんか?」

柔らかく微笑むリンレイの指には、
「皆が幸せな日々を過ごせますように」
と書かれた短冊が掛けられている。

リンレイは、細長い紙を二枚ロイス様に差し出した。
ロイス様から短冊を受け取り、書くべき願いに想いを馳せる。

ニキは何を願っているのだろう。
ふと視線をニキに移すと、いつもより真剣な顔で
ゆっくり、しっかりとこう書いていた。

「サクラさんに認められたスタイリストになる」

何とも彼女らしい。
きっとそう遠くない将来、彼女の願いは叶うだろう。

私の願いは何だろう。

ロイス様がリリス城に戻りますように。
ロイス様が立派にお務めを果たされますように。
ロイス様が良きリリス王となりますように。

願いではあるけれど、
これでは王子としての評判が下がってしまう。

私の願い…。

これからもロイス様をお守りできますように。
これからもロイス様のお側に居られますように。
これからもロイス様が笑顔を向けてくださいますように。

くるくると回していたペンを落としてしまった。

あぁ、私はあの方をお慕いしているのか…。

もやもやとした気持ちが晴れた気がした。
しかし、この気持ちをロイス様に気付かれてはいけない。
何があってもお守りすると誓ったのだ。
こんな気持ちでいては、ロイス様をお守りできない。
私はただの護衛、お目付役。

「あれ?クローカ、まだ書いていないのかい?」

はい、貴方の事ばかり考えてしまうので。
そう告げたらどんな顔をされるだろうか。

「はい。殿下がきちんと執務をしていただくよう
雲上の星に祈る他ないと考えておりました。」

半分嘘だが、半分は本当だ。
ロイス様は困ったように笑っている。

「あはは、それは残念だ。
てっきり僕と一緒に旅ができますように、とでも書いてくれたのかと思っていたよ。」

あぁ、見透かされている。

「いいえ。私は殿下を城へ連れ戻すことがお役目ですから。」
「そう言ってるけど一緒に来てくれるじゃないか。僕の願い事はこうだよ。ほら、クローカ。見て。」

長く綺麗な指には、金色に輝く短冊が掛けられていた。

「もっとデザインの旅を彼女と続けられますように」

これは、私のことだろうか。
嬉しいような、困ったような、色々な感情が一気に渦巻くのを感じた。

「分かりました。しかし、私の願いはロイス様にはお教え致しかねます。」

精一杯の強がりをして、ロイス様から顔を背けた。

「えぇっ、教えてくれたっていいじゃないか!」

私の気持ちにはきっとお気づきだろう。
その証拠に、残念そうな声の割に口元は笑っている。
ニキの友人、モモとポポも目を輝かせてこちらを見ている。

本当のことを書くしかないな。
小さく深呼吸して、覚悟を決めて筆をとった。

「大切な方を守り通せますように」

笹に吊るした短冊を見た少女達は
一層瞳を輝かせて私とロイス様を交互に見ている。
ロイス様は……なんだか様子がおかしい。
耳まで顔を赤くして、下を向かれている。

「ロイス様?」
「あ、あの、く、クローカ?」
「何でしょう?」
「あ、いや、その…た、短冊の…大切な人って、どういう意味かな…?」

それはもちろん…
一国の王子で、リリス王国にとって大切な存在。
私がお護りしている存在。

幼い頃から共に過ごしてきた、大切な存在。

改めて整理してみると、頬が熱くなるのを感じた。
なんてことを書いてしまったのだろう。
もっと気の利いたことを書くつもりだったのに。

「あ、いえ、その…そ、そのままの意味です…」

やっと返せた一言も、気の利いたものではなかった。
その証拠に、ロイス様の顔はより一層赤くなってしまった。
きっと私の想いが届いたのだろう。
結ばれることのない関係だけれど、今くらいはせめて二人で過ごす時間を楽しもう。

本当は、一刻も早くロイス様を城へ連れ戻したいところだけれど。

私の願いが書かれた短冊は、風に乗ってふわふわと揺れていた。
その隣に揺れるロイス様の短冊も、同じリズムで揺れていた。
まるで、「聞き入れた」と言っているようだった。

その上では、星がキラキラ輝いている。
来年も同じ風景を、ロイス様と見られると嬉しい。