書生の贈り物

春節を間近に控えた頃。

リリス王国のシシーヤを訪れた景梓は、可愛らしいショーウィンドウをぼんやりと眺めながら大きな溜息をついていた。

「春節が来たらすぐ、バレンタイン…。今年は白蓮に何を贈ればいいんだろうか…」

雲上帝国のバレンタインも、他国と同様「恋人の日」と呼ばれている。
しかし、雲上帝国には他国と異なり「男性が女性に贈り物をする」という風習がある。
この時期の雲上帝国の男性の多くは頭を抱え、情報交換に勤しんでいるそうだ。

「ロイス王子から薔薇を分けて頂けると言われたけれど…去年も薔薇だったから、他に何か贈らないとなぁ」

リリスの茶会で偶然ロイスと知り合う機会があり、「バレンタインの頃に咲く薔薇がある」と書生の身としてはありがたい申し出を受けていた。

リリスやパテールのバレンタインは、女性から男性に贈り物をするのが一般的だそうだ。

各国から評価の高いリリスの薔薇、しかも王家の温室で栽培されたものはパテールの雑誌でも取り上げられるほど人気の贈り物だ。
白蓮には淡い桃色の牡丹の花がよく似合うが、可愛らしい薔薇もきっと喜んでくれるだろう。

薔薇を渡し、嬉しそうな顔をする白蓮の姿を考えながら通りを歩いていると、反対側に2人の男女の姿を見つけた。

太陽の光のような金髪に、青空色の瞳をした青年。
月夜を思わせる黒髪に、夜明け空を映したような瞳の少女。

リリス王国のロイス王子と、彼の護衛を務めるクローカだ。

彼らも景梓に気がついたのか、ロイスは右手を挙げる。
それと同時に、クローカは小さく頭を下げた。

景梓は小走りにロイスに駆け寄った。

「やあ。近々薔薇を渡そうと思っていたんだけど、こんなところで会えるなんて丁度いいね」
「その節はありがとうございます。」

深々と頭を下げる景梓に、ロイスは続けた。

「普通は生花を渡すんだけど、君はニキの友人の恋人だからね」

そうウインクをしながら告げると、クローカに目配せをする。
一瞬だけ嫌そうな顔をした彼女は、銀色に輝く札を革紐に通した、ペンダントと呼ぶにはあまりに簡素なそれを景梓に差し出した。

「ちょっと加工したものを用意したから、明日の15時に城まで取りに来てくれないかな。これを下げていれば、城内に入れるから」

景梓はそっとペンダントを受け取ると、大事そうに首から下げた。

「お心遣い、心から感謝いたします。明日必ず伺います」
「あはは、そんな堅苦しい言葉遣いじゃなくてもいいよ。ここは城の中じゃないんだからね」

隣に控えるクローカが小さな溜息をついた。

「ロイス様…そもそも彼がここにいるのはもっと別な目的があるからだと思うのですが」
「そういえばそうだね。君、どうして一人でリリスに?それもこんな…バレンタイン直前に」

不思議そうに首をかしげるリリス王国の次期国王。

あぁ、このお方はきっとお見通しなのだ。
雲上の風習のことも、僕がここへ来た理由も。

景梓は少し困ったような、照れたような、
けれども幸せそうな微笑みを浮かべた。

「それが…白蓮への贈り物が決まらなくて」

「雲上では、男性の方が女性にバレンタインの贈り物を渡す風習があるんです。何が1番喜んでくれるかと思うと…迷ってしまいますね」

へぇ、と興味深そうな表情をするロイス。
一方クローカは、彼女の主人の行動が読めているのか少し呆れたような表情をしている。

「幸い、リリスのバレンタインは女の子同士で贈り物をすることもあるから君の恋人が喜びそうなものもたくさんあるよ。手伝ってあげよう」

「そんな!お気遣いは嬉しいのですがそこまで手伝っていただくわけにはいきません」
「でも君、何を渡せばいいのかわからないだろう?」
「しかし…」

二人が押し問答をしていると、クローカが割って入った。

「いい加減にしてください。
彼も困っているようですし、そろそろ戻る時間です」

小さく鎖の音を立てながら、金地に青い宝石があしらわれた懐中時計をロイスの目の前に掲げた。

「…クローカはいつも僕に厳しいんだから。仕方ない。景梓、明日は待っているよ。じゃあね」
「は、はい。また明日」

ロイスとその従者と別れた景梓は、再び通りに立ち並ぶ店を覗きながら前に進んだ。

砂糖の粒が煌めく菓子。
陽光を受けて輝くアクセサリー。
たっぷりと浴びた水で心地良さそうに揺れる花々。

全てがどこか夢心地で、まるで童話の中に入ったようだ。

白蓮が好むのは、シンプルで清楚なデザインだ。
リリスの甘いデザインもきっと似合うだろうが彼女は本当に喜んでくれるだろうか…。

「白蓮……。はぁ、どうしよう」

空がオレンジ色に染まり始めた頃、彼はとぼとぼと歩き続けた。