第三章 第一節 落葉に染まる花

「この品質ではスクルドを載せられない。載せたところで兵器であることが誰にでも分かってしまうだろう。デザインの対案はあるのか、シュヴァリー」
「そんなものあったらもう出してるよ!この手法で進めていくと、近いうちにリリスの機密に触れてしまうんだよ」

空母ヴェルザンディ設計チームは、ニーズヘッグ氏とルカの衝突が続いている。ニーズヘッグの求めるデザインのクオリティは、リリスが公表している情報秘匿技術を大きく超えているからだ。

そもそも、NORNに参加するにあたり数多くの規約が定められ、各人がノーザン王国と機密保持契約(NDA)を締結している。一条、一項でも破るものならパテールやリリスでは考えられないほどの罰を与えられる。国家機密に関わるプロジェクトなのだ、当然の措置だろう。

また、条文には「居住国の軍事機密を漏らす必要はない」と明記されている。私たちの立場を守るための一文だが、どうにもこれが足枷になってしまっているらしい。あいにく私は国家機密を持つほどの権限がないため、自分のできることに取り組むしかない。しかし、ルカはリリス王国の暗部も熟知しているようだ。まるで頭の中から追い出すように首を左右に振っては設計図を破り捨てている。

「期限があってないようなプロジェクトなんでしょ?どうしてそんなに急かすのさ」

ニーズヘッグ氏から却下されたデザイン案を細かく千切りながら、ルカは呟く。
期限があってないようなもの、それは確かだ。しかし、未だ立体模型にすら起こせていないのはヴェルザンディだけらしい。ノルズもスクルドも、いくつか模型を作成しているそうだ。

ニーズヘッグ氏が直々に参加しているプロジェクトチームに、遅れなど許されない。
霧之國重工の社長に引けを取ってはならない。
彼には相当なプレッシャーなのだろう、表情や声に少し焦りも見られる。

日々衝突を重ねているが、それでもヴェルザンディは前に進んでいる。

空母。正式名称は「航空母艦」。
海に浮かぶ空港のようなものだとニーズヘッグ氏は説明していた。滑走路が船になったようなものをイメージしていたが、そんな無骨なデザインではコーデアイテムとして問題外だ。

ルカが提案したのは、「御伽噺は海を征く」というタイトルの空母だ。

滑走路は城の広場。観覧車は砲撃台。メリーゴーラウンドに見立てた厩舎。確かに遊園地にしか見えず、デザイン画を見る限り隠匿は完璧だ。
しかしニーズヘッグ氏の言う通り、実際に兵器を載せてみるとそれが軍事施設であることは一目瞭然であろう。

そして何より、「遊園地は海に浮かばない」のがこの世界の常識だ。軍事施設と疑われる以前に不審な施設として見做されるだろう。

「君はヴェルザンディをどう設計するのだ、フレイヤ・ルーテルスドッティル。まさか街が海に浮かぶような空母を設計したのではあるまいな」

……実はちょっとだけ考えてルカと一緒に設計したのが「海を駆ける街」、すなわち「街と滑走路を足し合わせた島」だった。見透かしたようなニーズヘッグの視線に冷や汗をかきながら、首を横に振った。

「そ、そんなことは…あるんですが、別の案もありますよ」

あはは、と乾いた笑いを浮かべて差し出したのは、一枚のデザイン画だ。

「空中要塞です。海と空の両方で駆動可能にすることで、より他国から見つかりにくくなりますし、高い技術が要求されるためノーザンの軍事力を示すこともできます」

空中要塞の元々の着想は、様々な国に伝わる神話だ。
ウェイストランドやカルファに伝わる空飛ぶ宮殿。それぞれの国で名前は異なるが、本質はよく似ている。パテールの技術では宮殿を宙に浮かすことは到底できないが、ルインの技術があれば可能性は高くなる。

ルインの……メイリの知識が必要不可欠な設計なのだから、きっと却下されるだろう。私もルカも、こんな夢物語が実現したら、その感性に携わることができたら、研究者としてこの上なく素晴らしい経験になる。

ちらりとルカの顔を見ると、とても期待に満ちた表情をしている。
彼と目が合い、互いに小さく頷く。唾を飲み込む。

いつも不機嫌そうな顔をして、真っ黒な軍服を着る彼は、果たしてどう思うのだろう。

ルカが重圧に耐えきれなくなり、目を伏せた。
その瞬間だった。

ニーズヘッグ氏はフン、と鼻を鳴らした。

また、駄目なのか…。
私とルカは彼の態度をネガティブに捉え、がっくりと肩を落とす。

「面白い。コンセプトはこれで行こう」

ルカと二人、その言葉に思わず肩を跳ね上げる。
まさか、本当に提案が受け入れられるとは思わなかった。

「空を飛ぶ方がコーデアイテムとしても良いステータスが期待できる。そして何より、これを実現させる技術があるのは…NORNと、ルインアイランドだけだ。期待している」

ニーズヘッグ氏は、淡々と自身がなぜ私の提案を受け入れたのか説明すると、外套を翻して部屋から出て行ってしまった。

「フレイヤ!!やったよ、空中要塞!!これから楽しみだな、あんなものを作れる日が来るなんて…。あぁ、夢みたいだ。兵器以外にも有効活用できるよ、これ。さすが古今東西の神話や歴史、技術を知る苹果文庫の首席司書」

「そんなに褒めないで。まさか採用されるとは思わなかったけど、これからもよろしくね。私だけでは兵器としての側面が強くなるかもしれないから…あなたの発想が必要よ、ルカ」

フレイヤとルカが嬉しそうな声をあげている、その頃。

わたくしことエッダ・ヒャルタドッティルが所属する戦艦ウルズ設計チームは、設計そのものは順調だったがチーム内の雰囲気は最悪だった。

わたくしは軍艦を設計した経験があり、スミレは雲上の伝統的な軍艦に関する知識や新しい発想に長けている。時折ニーズヘッグ氏に提案しては修正案を示され、軌道修正していく方式を採用していた。

ニーズヘッグ氏と意見が衝突することもあるが、互いに建設的な意見を述べることで、より兵器として実用的なだけでなくコーデアイテムとしても優れたステータスを持つ戦艦のデザインへと進化している。わたくしはその過程に楽しさを見出しており、スミレもそのようだった。

彼女、カミラ・アナセン研究助手がこのプロジェクトチームに慣れるまでは。

彼女はノーザン王国立大学の博士課程に在籍しており、軍の施設で新兵器の研究を行っているそうだ。若くして軍事研究に携わり、経験も長いため相当な自信家なのだそうだ。

「エッダさん、ウルズは量産するんでしょうか」
「一隻だけの建造では軍事力として不足するでしょうから…ウルズ型戦艦、のように扱われるのだと思われますわ」
「なるほど…では、ある程度装備に自由度を持たせられるデザインの方が良いですね。四番艦くらいまで想定すれば、対応可能でしょうか」
「そうですわね。」

わたくしとスミレは、協議を重ねながら設計に取り組んでいる。
スミレはとても勤勉な青年で、わたくしの提案を受け入れ、日々の成長を感じられる。

彼と組めてよかった、そう思った矢先だった。

「ウルズ型戦艦?何ですかそれは、戦艦ウルズと言われているのですから一隻しか建造しないのが当然でしょう」

彼女は軍事研究に取り組みながら、どうやら海戦に関わる歴史の知識はあまりないようだ。
最終的に決断するのはわたくしではないものの、本当に一隻の計画でも複数隻の計画でも対応できるようにするのは当然のこと。

何せ、海戦とは複数の軍艦が隊を成し、陣形を組んで行われること。
だからこそ量産するのか、というスミレの問いかけがあるのだ。

「そ、そうですよね。僕ったらつい、気になってしまって…」

わたくしがアナセンへの批判の言葉を紡ごうとすると、スミレは決まって場の空気を曖昧にしようとする。争いはできる限り避けたい気質なのか、実に心優しい青年だ。

「この件は私からニーズヘッグ中佐へ報告します。あなた方はここで待っていてください」

アナセンはそう言い放ち、部屋から出て行ってしまった。
しばらく研究室内は静寂に包まれていたが、思わずスミレを心配する声をあげてしまった。

「スミレ、大丈夫ですの…?」

下を向き、彼の表情はわからない。だからこそ、悲しんでいるのか、怒っているのか、彼の気持ちを知りたかった。だが、スミレはしばらく顔を上げなかった。

「……ありがとうございます、大丈夫です」

俯いたまま席を立ち、彼も部屋を出て行ってしまった。
残されたのは、わたくし一人。

「……フレイヤ、わたくしはどうすれば…」

こんな時、彼女はどうするのだろう。学生の頃はわたくし以上に不器用で、いつも泣きそうな顔をしていた彼女。不思議と周囲の雰囲気に馴染み、いつの間にかパテール連邦総合図書館の館長にまで上り詰めた。

『大丈夫よ、エッダは優秀なんだから』

困ったように笑ってくれることだろう。
そして、わたくしの好きなフレーバーティーを淹れてくれることだろう。

隣の部屋にいるはずなのに、彼女はあまりにも遠い。

そんな感傷的な時間を切り裂いたのは、荒々しく扉を開ける音だった。

「失礼します。…董氏は不在なのですね、ヒャルタドッティル女史」

ニーズヘッグ氏のもとへ走った、アナセンだ。
わたくしとスミレの会話を聞き、言葉尻を捉えてはニーズヘッグ氏に報告をしているようで…まるで諜報員か九官鳥のよう。正直なところ、あまり好ましくはない性格だ。

「何ですの?」
「戦艦ウルズの建造の件、中佐殿に確認を取りました」
「そう。彼ご自身から結果をお聞きしますので、わたくしへの報告は不要ですわ」
「…そうですか。では独り言を呟きます。貴女には何の関係もありません」

アナセンは不満そうに溜息をつくと、ニーズヘッグ氏との会話…というより、叱咤された内容を続けた。

「戦艦ウルズ建造計画。それはヒャルタドッティル女史の推察通り、リソースさえあればウルズ型戦艦の建造計画。…しかし、量産するかどうかは未定。柔軟な対応が可能なデザインとすること」

すぅ、と今度は大きく息を吸い、彼女は呟き続ける。

「学生風情が出過ぎた真似をするな……。私は確かに学生ですが、董氏も学生ではありませんか。他のメンバーだってほとんどが学生なのに、どうして私だけがこんな目に…」

ぎり、と歯を食いしばるアナセン。

よほど悔しいのだろう。
ニーズヘッグ氏が掲げる完全実力主義のプロジェクト「NORN」に、非正規メンバーとして参加していることが。

「言いたいことは、それだけですの?」

ふと気になってアナセンに問いかけた。

これはあくまでも私の気まぐれ。
答えなんて求めていない。
けれど、その態度は彼女の苛立ちを膨らませたようだ。

「……っ、貴女に、言ったわけでは、ありませんから」

歯を食いしばりながら、彼女は声を絞り出す。
そうして再び、研究室から出て行った。

扉を閉める大きな音と、風にひらひらと舞う設計図を残して。

エッダの研究室から大きな音がしたので、ルカと私は互いに目を見合わせた。

「何事だろう。ウルズの研究室から聞こえてきたけど…」

エッダに何かあったのだろうか。
様子を見に行こうとした、その時だった。

ドアノブが回り、黒髪に白衣を着た女性が入る。
ツカツカと前へ進み、私の目の前で足を止める。

首から下げたカードには、白いアネモネの花が添えられている。
ノーザン王国の代表者、カミラ・アナセンだ。

今にも襟首を掴まれそうな形相で、彼女は恨み言を述べる。

「……あの人たちのせいで、私が研究したいことを、私が研究することが、できない。」

言葉はまるで、呪いのように紡がれてゆく。

「学会に発表したくても、あの人たちはいつも私より先に、私が発表しようと考えていたことを発表する。雲上やカルファなんて、軍事研究では遅れているのに。ノーザンの、私の方が…」

この呪いの対象は、ウルズのメンバーであるスミレとエッダに向けられているようだ。きっと私が諌めたところで何かが変わるわけではないだろう。しかし、言葉を聞く限り単なる嫉妬や八つ当たりでしかないことも事実だ。

エッダへそのような悪意を向けられるのは不快だが、ルカの目の前で露骨な抗議をするのは避けた方が良さそうだ。

「貴女のお気持ちはわかりました。辛かったでしょう」

その代わり、少しだけ悲しそうな…共感したような表情を作り上げ、慰めの声をかける。私の態度に反し、ルカは「これだから大人は」と言わんばかりのため息をついている。

「わかって、くださるのですか」

意外なことに、彼女は少しだけ心を開いたような素振りを見せた。

「ええ、たくさん苦労されてきたのですね」

もしかすると、私の言葉で彼女の道を変えられるかもしれない。少しだけ希望を見出した私は、中立でいることを決めた。

そうしていれば、彼女の恨みも薄くなるかもしれない。
エッダに危害が及ぶ前に、ここで食い止めないと…。

「そう言ってくださるのは貴女だけです、フレイヤ…ルーテルスドッティルさん」
「きっと私以外もそう思うはずですよ。だからまずは落ち着いてください」
「ありがとうございます。……お恥ずかしいところをお見せしました」

少し落ち着いた様子で、彼女は話し始めた。

NORNの詳細は伏せられたまま、学内からメンバーが選出される予定だった。彼女をはじめ、多くの学生が自らの実力を試したが、いずれもニーズヘッグ氏の基準には満たなかったそうだ。

「この国で最も実力のある者が集うはずだが…これでは他国に渡った者に及ばない」

彼は、自らがノーザン王国の代表者として、そしてデザイナーの一人としてNORNに加わることとなったそうだ。

「たとえNORNのプロジェクトメンバーに実力がなくて、計画が頓挫したとしても…カミラ・アナセンという学生は、優秀な働きをしたと…そう評価されることが私の望みです」

ぽつりと零した一言。
それは、彼女がずっと一人で抱えていた本音の言葉。

この一言に、ルカは絶句した。

彼女はプロジェクトの成功のためにNORNに参加したわけではない、そう言ったのだ。
ニーズヘッグ氏のためでも、ノーザン王国軍のためでも、ノーザン王国のためでもない。ただ自分の経歴に箔がつくから。

NORNが建造されるまでは中立を貫いていよう。

そう決めていたが、私にはできないようだ。ルカと同じく言葉が出なかったが、呆れていることが悟られないよう柔らかな笑顔を浮かべて彼女を外へと促した。

彼女は困ったような、縋るような目で私を見ていた。
その瞳の奥に、絡みつくような光を宿して。